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残像 (2016年)

残像 (2016年)_d0346108_8354759.jpg 敬愛するアンジェイ・ワイダが『カティンの森』を撮ったとき、遺作になるのではないかと劇場へ足を走らせたものだった。実際そうはならず、『ワレサ 連帯の男』 『菖蒲』そして本編と、90歳で亡くなるまで立派に祖国の歴史を描き続けた。尊敬すべき映画人がまたひとり旅立って、一時代の暗部を抉る重厚な作品群がこのまま過去のものになっていくことを、人知れず恐れる。

(あらすじ) 社会主義政権下のポーランドを舞台に、芸術の政治利用を進める時の政権によって葬り去られた実在の前衛画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)が、芸術家の矜持を貫き、表現の自由のために戦い続ける姿を描き出す。

なんて力強い作品だったろう。先の戦争で片腕片足を失くした実在の芸術家が、不屈の精神で体制と闘い力尽き果てるまでを丹念に蘇らせた佳作。歳を重ね老いてなお、これほど完成度の高い作品が作れるものか。

大学で教鞭をとるストゥシェミンスキは学生からの信頼厚い画家だった。殺風景だけれど味わい深いアトリエ兼自宅には学生たちが集い、木の床を歩き回る生活音が快活に響く。しかし、大戦後のソ連がもたらした全体主義への圧力は、やがて信念の人・ストゥシェミンスキの晩年の人生を大きく変えてしまう....
体制に逆らう者は容赦なく排除された時代。大学を追われ、ストゥシェミンスキの作品は当局によって破壊される。それでもなお挫けず、手を貸し続けた学生たちと共に『造形主義』に関する本の執筆をつづけていたのだが。職もなく配給も受けられない者に生きる道は、もう残されてはいないのだ...。

主人公が、生前親交のあったモンドリアン作品がポスターを飾る本編。画面の背景に映し出される様々な抽象画が、重苦しい社会派作品をアートなものにしている。画家の生活などすべてが画となり心を捉える。

窮地に追い込まれていく画家をさりげなく支えたのは、学生たちばかりではなかった。別れた妻が遺した一人娘の存在だ。
彼女は寄宿舎と父のアトリエを行き来しながら、妻のように世話を焼き、不愛想に愛に飢えている。いつでもつれない芸術家の父が、それでも唯一の身内で、支えで、同志であることを誇りながら、最後まで気丈に心配させまいとふるまう健気さがたまらない。真っ赤なコートを着て、松葉杖で歩く父の後についていく彼女の姿が忘れられない。こんな演技のできる小役が、日本に果たしているのだろうか。

ワイダ作品3本目となる主演のボグスワフ・リンダがすばらしかった。学生に恋されて違和感ない中年色男ぶりは、さすが、ミイラ取りがミイラになった若き日の佳作『ワルシャワの柔肌』の人。不遇の画家の生涯を渾身で演じている。 (99min)
 
by haru-haru-73 | 2017-12-21 10:53 | ポーランド映画 | Comments(0)