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『青い脂』 ウラジミール・ソローキン

『青い脂』 ウラジミール・ソローキン_d0346108_9382252.jpg 体験したことないような凄まじい読書体験だった。内容だけでなく、翻訳化の過程まで変わっている。
20世紀の終わりの翻訳不可能とおもわれた奇妙な造語だらけの本書を、当時北海道大学の学生だった松下隆志氏が卒論ついでに試訳してみたところ、”松下青年の行動力と勇気に圧倒された”同大学の望月哲男教授が、共同での完訳に挑み完成。そうして二段組、四百頁に届きそうな大著が成ったという。

2068年、東シベリアの遺伝子研究所。7体の文学クローンが作品を執筆したのち体内に蓄積される不思議な物質「青脂」が、謎の教団によって1954年のモスクワに送り込まれた。そこはスターリンとヒトラーがヨーロッパを二分するパラレルワールド。20世紀の巨頭たちは「青脂」をめぐり大争奪戦を繰り広げていく....

あらすじだけでもうすごい。
おおまか二部構成であるなかに、独立した短編が二編も挿入されていたりして戸惑う。
歴史的人物が大勢、史実を無視して登場。冒頭の2068年にはすっかり中国化したロシアが描かれていて、中国語が頻発する。しかも、文学クローンたちが紡ぐ”それらしい小品”が奇妙で可笑しい。
トルストイ、ドストエフスキー、ナボコフ、チェーホフ、パステルナーク、ここまでなら知っていてもアンナ・アフマートワ、アンドレイ・プラトーノフの両名はどんな風にパロディしているのか最早わからなかった。そればかりか、歴史や人物、文学やほんの小さな箇所にも溢れているであろう妙味に気づけていないことは読みながらにして明らか。そんな不完全燃焼状態であっても、格好良くイカレた文学作品を楽しめるなんて稀有なことだとおもう。

終盤で、作家自身が、ヒトラーに言わせた一言が印象的。
「どうしてロシアには世界的に有名な哲学者が一度も現れなかったんだろう?」
ルネサンスも宗教改革も経験しなかったという、ヨーロッパのなかでどこか違っているロシアという国の哲学は、知性の活動を抑圧し続けられた結果、哲学に至る前の思想に留まってしまった(ニッポニカより)らしい。反面、世界的に優れた作家は大勢現れた。
青脂=ロシア文学だとして、世界に誇れる国家の才能を作者ソローキン自身が体現しながら、遺産を継承していく屈強な祈りのようにも思えた。
筒井康隆ファンにはたまらない破たんの味わい。マルチセックス、拷問、ドラッグ、スカトロ、ありとあらゆる悪趣味と、脳みそが宇宙規模まで膨らむ奇想天外なSF世界は、まさにロシア文豪たちも真っ青の大傑作。
リプス!最高!
by haru-haru-73 | 2019-10-17 11:42 | | Comments(0)